なら学研究会

奈良女子大学文学部「なら学プロジェクト」のワーキンググループ「なら学研究会」の活動報告。奈良の研究史・研究者の回顧・再評価をおこなっています。

「なら学」基礎文献の紹介

奈良女子大学文学部『研究教育年報』12号(2015.12)に、今後の「なら学」研究の礎となる文献が二本掲載され、奈良女子大学学術情報リポジトリで公開されました。

 

(1)山上豊:戦後奈良県の地方史誌の刊行とその執筆者たち

Nara Women's University Digital Information Repository: 戦後奈良県の地方史誌の刊行とその執筆者たち

(2)浦西勉:奈良県における民俗調査を通して地域郷土文化史を研究した先達

Nara Women's University Digital Information Repository: 奈良県における民俗調査を通して地域郷土文化史を研究した先達

  

両氏はともに「なら学研究会」のメンバーで、上記は第1〜3回研究会での報告に基づくものです。

リンク先よりダウンロードしてご覧ください。

澤田酒造での聞き取り調査

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  • 【日時】2017年3月4日(土)10時〜
  • 【場所】澤田酒造株式会社
  • 【参加】寺岡・岩坂・山上・樽井・磯部

澤田四郎作研究の一環として、澤田の生家、澤田酒造にお邪魔して四郎作に関するお話をうかがってきました。澤田酒造は天保元年(1830)創業にかかる老舗の酒蔵で、澤田のご本家。

今回お話をうかがったのは、六代目ご当主の澤田定至人さんです。澤田四郎作は、ご当主にとっては「おじいちゃんの弟」にあたります。

澤田四郎作にとって、生家は文字どおり原点にあたります。祖母や母から聞いた昔話、二上山の麓、五位堂という風土。文献からは澤田の原風景としての五位堂が浮かびあがってきますが、今日はこれに加えて、澤田家の家風・気質、そして澤田家に伝わる幼少時代の四郎作の話をうかがうことができました。なんともやんちゃな子どもだったようです。

お忙しい中、お時間を割いていただいた澤田定至人さんと御家族の皆様に感謝申し上げます。

お話をうかがったあとは、酒蔵と音楽院も見学させていただきました。交わるとは想像もつかない酒造り・医学・音楽が見事に融合した澤田家に圧倒された半日でした。

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※ 遠方に二上山を望む。踏切をわたった先に、澤田医院(四郎作の兄が開業)があります。

【17】狭川宗玄:東大寺と狭川家

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第17回なら学研究会

※ 狭川氏は1920年奈良県生。96歳。1932年に東大寺入寺。その後、東大寺教学執事、執事長、大仏殿主任、華厳宗管長・東大寺住職などを歴任されました。 

日時・会場
  • 【日時】2017年2月6日(月)14時〜
  • 【場所】奈良女子大学文学系N棟201教室
参加記

今回のなら学研究会は、東大寺の狭川長老にお越しいただきました。
研究会では以前から、奈良大和の知的・文化的文脈において、宗教やそれに関わる方々が果たしてきた役割は極めて大きいものがあることをしばしば話題にしてきました。
今回その第一回目の試みとして、東大寺の戦前からの歴史を知る狭川宗玄長老にお越しいただきました。
東大寺の歴史、そして学園のお話、お水取りのお話・・・。昭和19年参籠中の応召、北林院の歴史など、狭川長老や狭川家の個人史の視点から語られるお話に一同時間を忘れて耳を傾けました。

澤田家資料返却

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  • 【日時】2017年2月5日(日)15時~
  • 【場所】澤田家
  • 【参加】寺岡・磯部、小林写真工業

ずっとお借りしていた澤田家所蔵の澤田四郎作旧蔵資料返却のため、澤田家にお邪魔しました。撮影画像データもお渡しし、大阪大谷大学澤田文庫調査の進捗、遠野市立博物館での調査のことをお伝えしました。澤田さんは「おじいちゃんは」と昔を思いだしながら、宮本常一や岸田定雄をはじめとるす人たちの訪問が絶えなかったころのことを話しておられました。文献をとおしてしか知らない我々にとっては貴重な証言です。

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澤田さん宅には数度お邪魔いたしましたが、そのたびにご馳走をいただきます。以前お邪魔したときはショートケーキ、今回はいちご大福。みな澤田さんお手製のものです。どれも美味でした!!!

貴重な資料をお貸しいただいただけでなく、いつも美味しいご馳走をありがとうございます。また、本研究へのご理解とご配慮、あらためて御礼申し上げます。

 

トップの画像は、ヤフオクで入手した『五倍子雑筆』4・5号(昭和11年7月)。澤田四郎作編集発行の個人雑誌で、こうした雑誌運営がのちの近畿民俗へとつながっていくのだと思われます。方々に配布していたようで、架蔵のものは「後藤貞夫」宛。後藤は大分出身で、『大分昔話』などの共単著があります。卒論口述試験が終わったら、同誌の所蔵調査と配布先の確認に行ってこよう。メモメモ。

澤田文庫(大阪大谷大学)の撮影開始

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【日時】2017年1月30日(月) 9:00〜 ※追記:終了は2月2日(木)

【場所】大阪大谷大学図書館

【参加】寺岡・磯部、小林写真工業

大阪大谷大学所蔵澤田文庫の撮影が始まりました。図書館の演習室をお借りしての撮影です。澤田四郎作に関する貴重な資料が多数あるなか、今回は、澤田のパーソナルな側面を検討するための資料——日記や書簡、切り抜きなど——を撮影します。

資料の撮影にご協力いただいた大阪大谷大学小林写真工業さんに御礼申し上げます。

 

本研究(学内プロジェクト経費)では、澤田の人脈や交流をとおして〈知〉の結節点としての澤田四郎作を浮かびあがらせようとしていますが、さて、可視化にはどのような方法があるでしょうか。

国文学研究資料館の「近代書物流通マップ(β版)」のように、GoogleMaps上に人を配置していくのもひとつの方法です。 

あるいは(私たちの技術はさておき)、Gephiなどを使って点と点を結び、交流の多寡を線の太さで示すなどリゾーム的に表現するというのも面白そうです。

どのようにしてネット(網)ワーク(ありよう)を紙上や画面上で表現するか、面白そうな話し合いになりそうです。

※ 画像は、小林写真さんの「簡易撮影部屋」(移動式撮影所とも)。こちらに作製例が載っています。欲しい、、、。

【16】喜夛隆子:やまと國中に住んで

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平成28年度第3回なら学談話会・第16回なら学研究会 

【講師】喜夛隆子氏(歌人

【演題】やまと國中に住んで

会場等

【日時】2016年12月26日(月)14時〜

【場所】奈良女子大学文学系N棟、N339教室

【参加】10名

参加記

講師の喜夛隆子氏は前登志夫に師事された歌人。前氏の民俗学への関心に共感し、大和國中(くんなか)の民俗を見つめてこられました。大和郡山市額田部地区での生活とまなざしは『わたしの額田部』(創芸出版、1988年)に結実しましたが、消えゆく習俗の記録は、暖かくも冷静なまなざしと奥行きのある語り口とも相俟って高い評価を得、『日本民俗誌集成14巻 近畿編(2)三重・奈良』(三一書房、1998年)に収録されるに至りました。『わたしの額田部』を「発見」した浦西勉は、『日本民俗誌集成』の解題で次のように述べています。

喜多隆子氏は、大阪府堺市から旧家、喜多家に嫁いで来て、大和の習慣には様々な意見を持っておられたようだが、それをこのような形で文章化されるまでにその習慣を身につけたことになる。大和の主婦は、家を守り、村を見つめ続け、子供を育て、先祖を守り、田畑を守ること自体が民俗なのである。それは、家刀自として重要な意味があることを知らしめるのである。あえて、複雑といって良い程、 村のつきあい、親戚のつきあいが、この社会には生きている。この地方の民俗は、実は一過性の民俗調査では理解できぬものが多く実の多いものにはならず、そこに住みついて何年も経験を積まなければ、おそらく五百年以上連綿と続く家や土地の習俗は理解されないものなのである。ここに『わたしの額田部』の民俗資料としての意味がある。(p.672)

外から嫁いで来たゆえに持ちえた「外部の眼」と、実際にそこで生活しているゆえに持ちえる「内部の眼」とが 融合した同書は、消えゆく習俗やことばに対して、ノスタルジックになるわけでもなく、声高に保存(アーカイブ)を叫ぶわけでもありません。『わたしの額田部』で喜夛氏は次のように述べています。

年々、生活様式も変わり、使われなくなって、忘れ去られるものも多くなるのは、当然のことだし、言葉も万葉以前の昔から、現代まで変化してきたように、今後も変化しつづけるであろう。しかし現代は、その変化が加速度的に速くなっているように思う。二、三代前の人が、いや親が使っていた言葉でさえ、辞引で意味を調べなくてはわからないものも出てくるかもしれない。そして外来語を含めて新しい言葉はどんどん増えるだろう。しかし、共通語であれ、方言であれ、美しい日本語はずっと子孫に伝わってほしいと願う。(pp.106-107)

同書を読み、今日のお話をうかがいながら、消滅も発生もふくめて変わりゆくさまを記述していこう、そうした変化とともにあろうという「覚悟」を感じました。 

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【15】沢井啓祐:明治期奈良の印刷業

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第15回なら学研究会(兼 なら学談話会)

【講師】沢井啓祐氏(JITSUGYO会長)

【演題】明治期奈良の印刷業

講師の沢井啓祐氏は、奈良の印刷会社JITSUGYOの会長。

明治期奈良の印刷業の実態についても調査をされており、貴重な文献もお持ちです。今回は、これまでの調査結果をふまえた報告をしてくださいました。

なお、画像右隅の七重の小塔は、百万塔のうち一万基ごとにつくられた一万節塔!!! 百万塔というと三重小塔を思い浮かべますが、これははじめて見ました。

会場等

【日時】2016年11月23日(祝・水)14時~

【場所】奈良女子大学文学系S棟、S126教室

【参加】8名