「性の表徴叢書」第一部として刊行。これについては下記序文参照。またおなじく序文によれば、本書は坂本書店の「閑話叢書」の一冊として刊行するはずであったというが、南方熊楠や佐々木喜善らの著書がこの叢書のうちにある。
「閑話叢書」刊行について
所謂玄人側の文芸ものにはもう飽きた、それかと云つて堅くるしい論説では胸がつかへる——といふ人々の為めに、この叢書をすゝめます。
一、土俗・民譚・伝説
二、逸事・奇聞・巷説
三、懐古談・旧事談・趣味談
四、肩の凝らない考証もの
五、すつきりしたエロチツクな話
これが此の叢書編纂の目標です。この書によつて、やゝもすれば忘れられようとする心のふるさとを、静かにふりかへつて見ようではありませんか。
〔1〕南方閑話 南方熊楠
〔2〕土俗私考 中山太郎
〔3〕東奥異聞 佐々木喜善
〔4〕長崎丸山噺 本山桂川
〔5〕武相考古 石野瑛
〔6〕江戸伝説 佐藤隆三
〔7〕民俗叢噺 谷川磐雄
編輯者 本山桂川
坂本書店
振替東京四七五三五番
なお、磯部所蔵『無花果』には「発禁本」の朱印が押捺されている。
もくじ
女握り ・・・・・・ 3
盃と徳利 ・・・・・・ 24
天候を祈る ・・・・・・ 37
太陽から姙む ・・・・・・ 46
貝 ・・・・・・ 56
逆鉾 ・・・・・・ 71
毛 ・・・・・・ 90
餅搗き ・・・・・・ 106
墓石に子を祈る ・・・・・・ 121
草履 ・・・・・・ 148
防火の咒 ・・・・・・ 162
尻打ち ・・・・・・ 181
【参考】序文
序文
この小冊子は、「閑話叢書」の一冊として書き始めたものの、中途でこの閑話叢書が中止されることになりましたので、この原稿を机の引出に蔵つておくつもりで居りましたが、友人達のすゝめと、坂本書店主の好意とによりまして、急に世に出す事になりました。更にこの続篇をつゞけて行きたいといふ私の希望を坂本氏に申し上げましたところ快く承諾され、こゝに「無花果」と題して、その第一篇としてこゝにあらわれる事になりました。
もとより、自分の如き者が筆をとる資格がないのですが、「自分の智識を豊富にするには思ひきつて書くに限る」てふ考へからこの小著を公にした次第であります。私が東大で医学を学んでゐた頃、余暇を偸んで、「ファルス、クルツス」なる謄写刷小冊子を頒ち来つたのも、その趣意がこゝにありました。私はこれによつて幾多の先輩の教示を仰ぎ得し事を衷心(「哀心」を訂正、磯部)感謝する次第であります。今春、自分の職務が多忙となり、到底自ら鐵筆をとり継続することの不可能なるを思ひ、第十五輯を以て一まづ中止する事になりましたが、この意味に於て、自ら遺憾と思ふところであります。
今、こゝに小著を著はすといへども、わづかに自分にあたへられたる夜半の時間に筆をとりし関係上、貧弱な自己所有の参考書のみにより、図書館や知人所書の引用したきと思ふ文献を多く排除してゐる事と、自分の浅学のために誤謬多く、又学問的な論拠から遠ざかるもの又多きを思つてゐますが、読者諸氏の教示によつて自分の不蒙の啓かれん事希望の至りにたへぬ次第であります。
なほ挿入の写真図葉は、自分の撮影以外のものはそれ〴〵撮影者が心よく挿入を許されたものでありまして、ここにその好意に対し、厚く感謝の意を表する次第であります。
大正十五年十一月十三日
庚申塚の寓居にて
著者しるす