なら学研究会

奈良女子大学なら学研究センターのワーキンググループ「なら学研究会」の活動報告。奈良の研究史・研究者の回顧・再評価をおこなっています。

【35】幕末の奈良まちに生まれた奇豪:宇宙庵 吉村長慶

【テーマ】幕末の奈良まちに生まれた奇豪:宇宙庵 吉村長慶

【話 者】安達正興氏

【聞き手】寺岡伸悟(奈良女子大学なら学研究センター長)

奈良の近代史において「語られざる存在」であった「長慶さん」に光をあて、同タイトルの労作を2011年に出版された安達正興氏をお招きし、本書出版に至る経緯、安達氏からみた長慶像などを対話形式で語っていただきます。

【話者紹介】1941年奈良市生まれ。大阪美術学校卒業。72年よりノルウェー・ベルゲン大学地球科学研究所、同日本語学科兼任講師を経て、資源地図製作社3DD設立し海底地質構造図の制作、北欧各地の自治体鳥瞰図、オスロ、ベルゲン市発行の観光公式マップ制作。ベルゲン在住。前記の本の他に、『奈良まち奇豪列伝』『奈良きたまち異才たちの肖像』(奈良新聞社)など。

■ 開催日時 2022年11月13日(日)14時から16時(終了予定)

■ 開催方法 zoomによるオンライン

【左】寺岡伸悟(なら学研究センター長)、【右】安達正興氏

□ 参加記録

近代の奈良で活躍した人物に再びの光を当て、彼らの知のネットワークを探ることは、なら学研究会の中心テーマとなってきた。そうした際、これまでに出版された近代奈良の人物紹介やその考察書などがその出発点となる。しかしそうしたなかに、なかなか記されることのない人物が、吉村長慶である。

現在奈良町周辺を中心に、県内、さらに近畿などに、彼の寄進した石造物が多数遺されている。その特異な意匠や、宇宙教とでもいうべき教義を唱えたことなどから、彼の名には「奇人」というイメージがつきまとうようだ。

しかし、「三尺将軍、長慶さん」として親しまれ、議員まで勤めたことからも奈良の人たちからの人望もあつかったこと、実業家としても大きな成功をおさめたこと、さらに徹底した反戦・平和主義、交易による国際交流を唱えた意見書や隣国の事情分析などには極めて論理的・理知的な側面があらわれている。本当に「正体のつかめない、解釈・評価の難しい人物」であることは間違いがない。

こうした「難問」に果敢に挑み、現地調査や関係者への執念ともいえる聞き取りによって「長慶さん」の全体像を一書にまとめたのが、今回の講師の安達正興氏である。

安達氏は奈良市生まれであるが若くしてノルウェーに渡り、現在もノルウェー在住ながら、たびたび帰郷してこの一書をものされた。今回の研究会では、安達氏と吉村家のご縁、さらに調査の過程での経験などを詳しく語っていただいた。

1時間半を超える長慶さんをめぐる講演と参加者によるディスカッションが行われた。しかし、「長慶さんとは何者か」、という単一の答えは誰も導き出せそうになかった。

参加者の一人が研究会終了後、以下のような発言を述べられた。正確な記録ではないが、印象的な発言であり、またここに吉村長慶という存在を解く鍵があるような気がする。引用して今回の研究会報告の締めの言葉としたい。

「長慶さんという人は、幕末に生まれ、近代社会の胎動、そして日本が国際社会に参入する様にまさに直面した個人である。経済、宗教、国際政治の激動という社会変動が生み出した人そのものなのではないだろうか」。