なら学研究会

奈良女子大学なら学研究センターのワーキンググループ「なら学研究会」の活動報告。奈良の研究史・研究者の回顧・再評価をおこなっています。

【36】奈良の地誌研究における、最新の判明事項と研究の諸問題

【テーマ】「奈良の地誌研究における、最新の判明事項と研究の諸問題」

【講師】大塚恒平氏(Code for History 代表)

情報学、地理学、郷土史。地図技術者20年の経験から、古地図アプリMaplatを完成させる。Maplatの活用事例検討のために郷土史に取り組み始め、歴史学の諸問題をITの力も用いて解決する活動 Code for History を提唱。

■ 日時 2023年2月5日(日)14:00〜

■ 形態 オンライン

■ 参加 20名(途中の出入りあり)

講師の大塚恒平

□ 参加記録

伝承とは、文字どおり「伝」える者と「承」ける者の行為をあらわしているが、伝言ゲームがそうであるように、結果と起点が同じであることを意味してはいない。では、なぜ今そうあるのか。いつからそうなのか。そんな疑問から出発し、文献の性格をふまえて読み解いていくことで、その伝承の成立と変遷の過程に迫ることができる。

大塚氏の事例報告、

  1. 高畑鬼界ヶ島と菖蒲池町称名寺重文薬師如来立像の来歴
  2. 京終天神社(飛鳥神社)の来歴、由緒
  3. 東大寺遅速院重文地蔵菩薩立像と、惣持院「文使の地蔵」の調査

は、そうした謎に対して文献実証的にアプローチしたものだった。高畑本薬師附近に見られる「鬼界ヶ嶋」「奥芝辻へひける」という記述に気づいた大塚氏は、他の絵図による土地記述を検証し、地誌や日記類における伝承記述を寺家列に検証していくことで、薬師如来の移動を跡付けていく。そして、これまで看過されてきた原因として、諸史料への目配り(非横断性)と明治時代という時代の特異性に言及する。

【参考】古地図コレクション(国土交通省国土地理院)公開『和州奈良之図』(絵図屋庄八、天保15)。右肩「和州奈良之図」の左近辺に注目されたし。

この、史料の非横断性は、奈良の地誌が二桁にも及ぶという特異性にも起因しているというが、丁寧に比較検証してみれば、まったく同じではないことが分かるという。その裂け目にこそ、とっかかりがあるのだと。その方法は文献実証的でスリリングかつ興味深いものであった。

最後に大塚氏は、こうした特性をふまえながら研究史料やデータベースのオープン化を提唱した。報告後の質疑応答の時間でも司会のほうから「シチズン・サイエンス」の話がなされたが、近年のデジタルデータベースにおけるコンテンツの充実や検索性の飛躍的な向上は、そうした共有・協同環境を支えるインフラとして機能するだろう。

思えば、なら学研究会がメインテーマとしてきた「奈良」をめぐる研究史も、いわゆるアカデミアに限らない、その融合の上に成り立ってはいなかっただろうか。澤田四郎作然り、高田十郎然り、である。むろん、大学が地域で担ってきた/期待されてきた役割などもあろうが、大塚氏の報告をこうした郷土研究・地域研究の系譜で捉えてみると、〈知〉の協同を考えるうえで示唆的であったとも思うのである。

ご発表中の大塚氏