なら学研究会

奈良女子大学文学部「なら学プロジェクト」のワーキンググループ「なら学研究会」の活動報告。奈良の研究史・研究者の回顧・再評価をおこなっています。

澤田四郎作研究記事一覧

リンクのないものは現在作成中です。

  1. 澤田四郎作年譜・著述等目録(なら学研究会、プロジェクト成果報告)
  2. 『「知」の結節点で 澤田四郎作 人・郷土・学問』(研究パンフレット)
【単行本目次】
  1. 『日本生殖器崇拝概論』(私家版、1922/大正11)
  2. 『無花果』(坂本書店、1926/大正15)
  3. 『ふるさと』(私家版、1931/昭和6)
  4. 『大和昔譚』(私家版、1931/昭和6)
  5. 『柳田國男先生』(澤田四郎作編・近畿民俗学会発行、1962/昭和37)
  6. 『晴雨日記調』(私家版、1967/昭和42)
  7. 『山でのことを忘れたか』(創元社、1969/昭和44)
【雑誌目次】
  1. 『Phallus Kultus』1〜15(私家版、1924/大正13.4〜1926/大正15.7)
  2. 『五倍子雑筆』4〜24現存(写本、1927/昭和2.2〜1935/昭和10頃か)
  3. 『五倍子雑筆』1〜13(私家版、1934/昭和9.7〜1954/昭和29.10)
【その他】
  1. 博士論文「緑膿菌の色素産出に関する研究」(東京帝国大学、医学博士、1931/昭和6)
  2. 『育児と民俗』(抜き刷り、1963/昭和38)
  3. 『澤田四郎作博士記念文集』(澤田四郎作先生を偲ぶ会、1972/昭和47)
  4. 『澤田四郎作博士記念 民俗学論叢』(澤田四郎作先生を偲ぶ会、1972/昭和47)
  5. 『五倍子遺歌集 面影』(澤田幸、1977/昭和52)

第25回なら学研究会のご案内

奈良・大和の研究者・研究史を再評価するなら学研究会の第25回を開催します。

今回は、今年度の文学・言語と民俗・文化との関連で、少し違った角度(方言学)から、最新の奈良県内調査の報告をいただきます。

 

中井精一「奈良県東部方言の現在」
  • 【日時】2019年2月24日(日)13:00〜15:00(いつもより1時間早めの開始です)
  • 【会場】奈良女子大学文学系N棟3F、N339教室
  • 【備考】申し込み不要、参加費無料
 【要旨】

奈良県東部山間地は、北に京都府南山城地域や滋賀県甲賀地域、東に三重県伊賀地域に隣接し、北部奈良盆地とは異なる言語環境を有し、その方言は京ことばの影響を受けていると言われている。今回の報告では、2008年度より実施してきた三重県伊賀地域ならびに奈良県東部山間地における調 査をもとに、当該地位の言語特徴およびその変化について考えてみたいと思う。

【講師】

中井 精一(富山大学人文学部教授・方言学)
天理大学附属天理参考館(学芸員)を経て現職。主な著書に『都市言語の形成と地域特性』和泉書院、2012年)、『社会言語学のしくみ』(研究社、2005年)など。論文に、「民俗世界における食の地域性と方言圏—北陸地方の雑煮に注目して—」(武田佐知子編『交錯する知 衣装・信仰・女性』、思文閣出版、2014年)、「地域の和食(生き物を活かす知)がんもどき」(『BIOSTORY』21、生き物文化誌学会、2014年)など多数。

 

主催 大和・紀伊半島学研究所なら学研究船センター
共催 文学部なら学プロジェクト

問い合わせ narastudy(a)cc.nara-wu.ac.jp (左記(a)を@に変えてください)

【24】なら学研究会報告

f:id:narastudies:20190105083440j:plain

  • 【講師】西村博美氏(歌人
  • 【演題】折口信夫の大和(続)ー笹谷良造も含めてー
  • 【日時】2018年12月23日(日)14:00-16:30
  • 【会場】奈良女子大学 文学系N棟3階 N339教室
  • 【参加】9名
【開催文】
【参加記】

今回のなら学研究会は、前回に引き続き、西村博美先生に折口信夫と大和の関わりについて話していただいた。

折口の祖父の生地は飛鳥であった。そのことが折口の生涯のなかで一つの重要な依拠点としてあり続けた。

なつかしき故家の里の 飛鳥には、千鳥なくらむ このゆうべかも

(『海やまのあひだ』)

折口にとってそれは、研究対象としての各地とはまた異なる、いわば心の拠り所としての象徴的な地(大和)とでもいうべきものであった。西村氏は、折口の作品や弟子の回想などを織り交ぜながら、半ば現実半ば彼のなかでの構築ともいうべき飛鳥、大和像についてわかりやすく説いてくださった。


今回の研究会では、折口門下で、奈良で活躍した笹谷良造についても西村氏に講じていただいた。「言葉」(民俗語彙と言い換えてもよいのかもしれない)に鋭い意識を向けた笹谷の学問は、民俗学と文学双方の研究者にとってきわめて刺激的である。いま省みられることが少ないこうした学問を再びひもとく必要を一同痛感した。

f:id:narastudies:20190105083444j:plain

後半のディスカッションはいくつかのサプライズもあった。研究会の山上豊氏がご家庭のつながりで所蔵しておられた今宮中学の大正3年の卒業アルバムをご持参くださった。この年まで折口は今宮中学で教師をつとめていた。東京に発つ直前の、毅然とした表情の折口がそこにいた。

f:id:narastudies:20190105083449j:plain

また参加者の一人は学生時代、笹谷家に下宿していたことをお話くださった。そのころすでに笹谷氏本人は他界していたが、笹谷夫人の思い出を語ってくださった。


今回も、言語学民俗学歴史学、文学、歌人社会学など多彩な参加者があり、それぞれの分野での「折口」受容(とその困難さ)、それが後のそれぞれの学問に与えた/引き継がれなかった影響などについての話が出された。こうした文化サロンのような、本研究会の雰囲気や知的興奮をこれからも持続していきたいという思いを抱いて散会となった。

第24回なら学研究会のご案内

 奈良・大和の研究者・研究史を回顧・再評価する、第24回なら学研究会を開催します。今回も前回に引き続き西村博美先生による折口信夫(1887-1953)の続編です。

 折口は、民俗学者、国文学者、国語学者の顔をもち、釈迢空と号した歌人でもありました。そうした多面性は大和においても多くの人々に影響を与えました。

 しかしそもそも、折口にとって大和とはどういう場所だったのでしょうか。それが彼自身にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。前回に引き続き、こうした視点から、折口という人間と大和の関係を調査研究してこられた西村博美氏(奈良民俗文化研究所研究員)に折口にとっての大和を語っていただきます。また今回は笹谷良造(1901-1969)についても触れていただきます。

  • 【テーマ】折口信夫の大和(続)ー笹谷良造も含めてー
  • 【講 師】西村博美氏(詩人、奈良民俗文化研究所研究員)。「折口信夫と水木直箭」(『奈良新聞』)ほか奈良の民俗・風物に関する著作多数。
  • 【日 時】2018年12月23日(日)14:00-16:30
  • 【場 所】N339教室(奈良女子大学文学系N棟3階)
  • 【備 考】入場無料・事前申し込み不要

お問い合わせは、なら学研究センター(naragakunarajo@gmail.com)までお願いいたします。
 主 催:奈良女子大学大和紀伊半島学研究所なら学研究センター
 共 催:奈良女子大学文学部なら学プロジェクト

【23】西村博美:折口信夫の大和

f:id:narastudies:20181023153845j:plain

【講師】西村博美氏(歌人

【演題】折口信夫の大和

【日時】2018年10月21日(日)14:00-16:30

【会場】奈良女子大学 文学系N棟3階 N339教室

【参加】10名 

【開催文】

奈良・大和の研究者・研究史を回顧・再評価する、第23回なら学研究会を開催します。

今回も前回・前々回に続き、奈良と文学をテーマにします。特に今回対象とするのは折口信夫(1887-1953)です。

折口は、民俗学者、国文学者、国語学者の顔をもち、釈迢空と号した歌人でもありました。そうした多面性は大和においても多くの人々に影響を与えました。

しかしそもそも、折口にとって大和とはどういう場所だったのでしょうか。それが彼自身にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。こうした視点から、折口という人間と大和の関係を調査研究してこられた西村博美氏(奈良民俗文化研究所研究員)に折口にとっての大和を語っていただきます。

【参加記】

なら学研究会ではこれまで奈良・大和を研究した人々の知のネットワークに関心の焦点をおいて研究を続けている。そのためには、当該の人物の思考の内実を探ることは避けて通れないし、ときにその人生にも目を向けながらその思想形成の襞を探ろうとすることも必要となるだろう。

奈良の研究者、教育者、そして市井の人々に大きな影響を与えた折口信夫。今回の研究会は、そうした折口にとっての大和経験ともいえるものに思いをいたすものとなった。

大阪に生まれた折口は、幼少期、大和に里子に出された、とされる。しかし本人もそのことについてはほとんど語らず、後年それをフィクションとして否定する人もいる。今回の講師・西村博美氏は、この事象を追って大和小泉の里を歩かれた。折口が残した歌の風景がまさにその小泉の風景と重なる。しかしそれは、生涯にわたって大和の里をくまなく歩いた折口の経験と相互に溶け合った心象風景なのかもしれない。当時の時代、大阪、里子、乳母、「しのぶ」という読み方を嫌い「のぶお」と呼ばれることを好んだ彼のアイデンティティ、そして「大和」。まさに「折口の大和」を垣間見たような時間であった。

折口の大和については、飛鳥との関係も看過し得ないと西村氏は指摘する。これについては、次回に持ち越されることとなった。

第23回 なら学研究会のご案内

奈良・大和の研究者・研究史を回顧・再評価する、第23回なら学研究会を開催します。

今回も前回・前々回に続き、奈良と文学をテーマにします。特に今回対象とするのは折口信夫(1887-1953)です。

折口は、民俗学者、国文学者、国語学者の顔をもち、釈迢空と号した歌人でもありました。そうした多面性は大和においても多くの人々に影響を与えました。

しかしそもそも、折口にとって大和とはどういう場所だったのでしょうか。それが彼自身にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。こうした視点から、折口という人間と大和の関係を調査研究してこられた西村博美氏(奈良民俗文化研究所研究員)に折口にとっての大和を語っていただきます。

 

  • 【テーマ】折口信夫の大和
  • 【講 師】西村博美氏:詩人、奈良民俗文化研究所研究員。「折口信夫と水木直箭」(『奈良新聞』)ほか奈良の民俗・風物に関する著作多数。
  • 【日 時】2018年10月21日(日)14:00-16:30
  • 【場 所】奈良女子大学文学系N棟3階N339教室
  • 【備 考】入場無料・事前申し込み不要

問い合わせ:なら学研究センター(naragakunarajo★gmail.com

 主 催:奈良女子大学大和紀伊半島学研究所なら学研究センター

共 催:奈良女子大学文学部なら学プロジェクト

【22】喜夛隆子:前登志夫について

f:id:narastudies:20180819170443j:plain

【講師】喜夛隆子氏(歌人

【演題】前登志夫について

【日時】2018年8月19日(日)14:00-16:30

【会場】奈良女子大学 文学系N棟3階 N339教室

【参加】10名 

【開催文】

奈良・大和の研究者・研究史を回顧・再評価する、第22回なら学研究会を開催します。

今回も前回に続き奈良と文学をテーマにします。今回対象とするのは歌人前登志夫(1926-2008,Wikipedia「前登志夫」)です。

前は吉野郡に生まれました。戦後すぐ詩作を始めたが、その後短歌に転じ数多くの作品を残しました。1980年に歌誌『ヤママユ』を創刊、吉野に住み林業に従事しながら、民俗学や随筆などの多くの業績を残しました。そのため、前は、作品論はもちろん、文学・民俗学そして吉野など多くの次元のネットワークから考えるべき存在といえるでしょう。

今回は、前氏に師事され、かつ民俗誌の著作もある歌人喜夛隆子氏に、こうした視点から前登志夫を語っていただきます。

f:id:narastudies:20180819170448j:plain

【参加記】

奈良県外に生まれたわたしにとって、奈良は修学旅行で訪れるところであり、「なんと大きな平城京」であり、万葉の地であった。それが縁あって奈良女子大学に着任。ならば、ということで「奈良」を意識しながら谷崎潤一郎吉野葛』を授業で読み始めたところ、その過程で吉野で発行された花岡大学の『吉野風土記』に出会った。そして同誌の調査で前登志夫の名前を見るに至るのだが、それが原稿不着による空白ページ。だから、わたしのなかで前登志夫は「原稿落とし」というイメージが強い。その後、『吉野紀行』や『森の時間』を読むうちにこのイメージはしだいに薄らいではいったけれど、今日の話は「原稿落とし」を忘れさせてくれるくらいの面白さだった。

前は、自身が住んでいた吉野について、このように述べている。

容易に観光化されていかない吉野に、吉野のおもしろさがあるのではないかとおもう。風景そのものも日本の各名勝より格段すぐれているわけではない。吉野の山河がぼくらに話しかけてくるのは、ぼくらが伝統というかけがえのない経験をもって接するときだけかもしれない。その意味で吉野は、大和に対する吉野という性格を忘れてはなるまい。(前登志夫『吉野紀行 新版』、角川選書145、1984、p.10)

吉野を、山をみずからの居所と見さだめた前の、日々の生活のなかから生まれでてくる言葉が詩や歌になる。

立派な芸術作品をつくろうとして、よい歌の出来ることはまずあるまい。生身の願望がおのずから言葉になるときに歌は出来る。(前登志夫『山河慟哭』、p.301)

前の、そうした芯のようなものが、実は師である前川佐美雄との距離でもあったというのが面白い。前と前川はおなじ奈良に生まれた山持ちではあるが、前が吉野に生まれた山人であるのに対し、前川は忍海の地主の御曹司。だから前は言う。「郷党としての臍の緒はどこかで断ち切らねばならぬ」(『山河慟哭』、p.303)。もっとも、これは師を、師の歌をいかに理解するか、そして自身を、自身の歌をいかに見てもらうかという相互理解に起因するもののようで、前はこうも言っている。

青人草にとって、貴族の憂悶や歓喜というものは、郷党である限りついにわからぬのではあるまいか。地主には百姓の悲しみや歓びもまたわからぬ。(『山河慟哭』、pp.302-303)

喜夛氏は、前の歌集『霊異記』(1972)所収の歌、

さくら咲く その花影の 水に研ぐ 夢やはらかし 朝の斧は

を解釈し、山人にとっての精神の象徴としての「斧」の、その研いだ刃のするどさと、夢のおだやかさ。その二面性をこの歌に見ていたが、いわば表現の歌でもあるこの歌を見ながら、前の、師に対するあのような距離感と愛情とを想起した。

師の前川に就いてみれば、高畑の志賀直哉邸に人びとが集い、志賀帰京後は上司海雲がそれを引き継いだ、まさにおなじ時期に、奈良女子大学の目の前の坊屋敷町にあった前川邸に、志賀や保田与重郎、辰巳利文、塚本邦雄などが参集していたのだという。奈良における人的交流を追求する本研究会からすれば興味深い事例である。

興味深いといえば、前回の浅田氏のご講演でも話題になった奈良の文芸と林業の関係について、前と前川もともに林業に携わる人物であった。それぞれの林業に対する思想信条はともかくとして、そうした人に対する外部の視線や期待というものは、やはり考えていかねばならないことが質疑応答を通して確認された。

最後に。喜夛氏ご所蔵の写真のなかに、書斎のなかの前登志夫を写したものがあった。前を囲んでいるのは、絶妙なバランスで積まれた数多の本ども。前は、前川について、

寒い、古びた十畳の座敷には、鬼の砦のように書籍・雑誌が乱雑に堆い。(『山河慟哭』、p.303)

などと述べているが、喜夛氏いわく、「これは前もおなじ。前は、本の砦の歌の鬼」。

f:id:narastudies:20180819170453j:plain